2012年6月28日木曜日

Michael Rose: The Long Tomorrow
(2005, Oxford University Press)

著者はカナダ生まれの米国カルフォルニア大学で活躍する老化研究者(マイケル=ローズ教授)。すでに還暦を迎えつつある著者が、自分の研究生活を顧みながら、老化という現象の生物学的、特に進化論的な解析を、自分が体験したいろいろなエピソードを交えて、面白おかしく解説した、素人にも大変読みやすい本である。ただし、著者は分子生物学が華やかになリ始めた時代(1980年代)の前に、院生として、老化が遅い(長寿の)猩猩ハエ(メトセラ)の開発に世界に先んじて成功したため、彼の研究には、残念ながら、その後も分子生物学的なアプローチ(研究法)が欠けている。 そこで、癌分子生物学者である読者から、一寸補足したいことがある。


さて、ローズ博士のメトセラには、長寿以外に、もう2つの注目すべき特徴(表現型)がある。産卵機能が低下(少子化)していることと、熱や飢餓などのストレスに対して、高い耐性を示すことである。線虫にも、全く同じような特徴を持つ長寿な変異体(ミュータント)が最近見つかっている。RB689と呼ばれる株で、この線虫株には、発がん性キナーゼである”PAK”遺伝子が欠けている。言い換えれば、PAKは、線虫の寿命をちじめているばかりではなく、地球温暖化などのストレスに耐える機能を抑え、発がんや多産に寄与していることになる。そればかりではない。最近の研究によれば、認知症やさまざまな炎症、エイズや流感などの感染症、癲癇、精神分裂症、自閉症、うつ病などの脳障害の原因にもなっている。従って、PAKを遮断する働きを持つ薬剤や天然物は、癌ばかりではなく、これらのPAK依存性疾患の治療にも役立ち、さらに健康長寿にも寄与することが容易に想像できる。

目下、PAK遺伝子を欠損したマウスの寿命が、正常なマウスより長生きするかどうかを研究しているグループが米国のNIA(国立老人病研究所)にあるという噂が流れている。もっとも、正常なマウスの平均寿命は3年ほどだから、この研究結果が最終的に出るのは、今後少なくとも数年はかかると予想される。。。 もし、PAK欠損マウスも”長寿”であることが実証されれば、PAK遮断剤の開発は、世界のバイオ医学産業のドル箱になるだろう。なぜかといえば、PAK遮断剤には、副作用がほとんど全くないからだ。ミツバチが作るプロポリスやインドカレーのクルクミンがその代表例である。自然界には、この種の天然PAK遮断物質が豊富に存在することを喚起したい。

もちろん、PAK遺伝子以外にも、数多くの遺伝子が我々の寿命の長さをコントロールしている。例えば、FOXOという転写因子を産生する遺伝子を除くと、寿命が非常に短くなる。従って、FOXOは”長寿蛋白”とも呼ばれている。面白いことには、FOXOはPAKにより燐酸化を受けると、その長寿機能を失う。逆に、FOXOがAMPKと呼ばれる別のキナーゼによって、燐酸化を受けると、その長寿機能が活性化される。AMPKは、断食や運動によって、細胞内のATP濃度を低下させると、活性化される抗癌キナーゼである。断食・節食(腹八分)などで、カロリー摂取を減らすと、長生きするのは、AMPK-FOXOの経路が活性化されるからである。

さらに、面白いことが最近になって判明した。一般にPAKを遮断する天然物(例えば、プロポリスやクルクミンなど)は、同時にAMPKを活性化する。従って、これらの天然物には、抗癌作用、延命(養命)作用ばかりではなく、抗肥満(減量)作用もある。 沖縄特産のゴーヤの苦み成分も、AMPK活性化を介して、抗癌・養命作用を発揮して、沖縄(琉球)住民の長寿に貢献していると言われている。。。

なお、これらの難病や健康長寿に果たすPAKの役割について詳しくは、年末に出版予定の英書: PAKsRAC/CDC42p21)-activated Kinases : Towards the Cure of Cancer and Other PAK-dependent Diseases」(Elsevier, 2013
を参照されたし。

2012年4月4日水曜日

ジョナー・レーラー著「Imagine: How creativity works」(2012年 出版)

目下、NYタイムズ・ベストセラー(ノンフィクション部門でトップ)。

タイトルを私なりに意訳すれば、「創作/発明/発見への糸口: 想像力/好奇心を駆使せよ」

著者はコロンビア大学/オックスフォード出身の神経生理学者(ノーベル生理医
学賞の受賞者エリック・キャンデルの弟子)だが、後にジャーナリスト(雑誌
「Seed」の編集者) として活躍し、色々なエピソードを面白く盛り込んで、
科学 (特に脳の機能や生理学) を一般大衆に分かり易く紹介することに貢献。
著書「How We Decide」(決断へのプロセス)はNYタイムズ・ベストセラーの1つ。

「How We Decide」について、ある「アマゾン」書評家は感想をこう述べている:
emotional brain(感情を司る脳の部位とそれによる決断)と rational brain
(合理性を司る脳の部位とそれによる決断)のバランスの重要性を説いている。
第一印象の直感的な理解力の重要性を説いたマルコム・グラッドウェル著「Blink」
とよく比較されるのは、テーマが似ているだけでなく、紹介する逸話や実験の選
択も類似しているからだろう。読者を引き込む面白いエピソードや実験で決して
飽きさせないところも共通している。だが、最大の差は、グラッドウェルがジャー
ナリストであるのに対し、レーラーがノーベル賞受賞者のラボに勤務したことが
ある神経学者だということだろう。疾患のせいで感情を失い完全に合理的になっ
た患者がかえって決断力を完全に失ってしまうというエピソードなど、神経学者
だからこそ着眼し解説できる逸話がレーラーの強みだ。
「前代未聞」を想像する力: 脳「右半球」の役割
我々の脳は機能的に、大きく左右(左半球と右半球)に分かれるが、ごく最近ま で、右半球の機能がしばしば軽視されがちだった。ところが、NIHの若い神経 学者、マーク・ビーマンらの研究によれば、「木を見て森を見ず」といった近視 眼的な物の見方は、実は脳の「右半球」に機能欠陥がある所産であるそうだ。 「右半球」に欠陥がある患者には、地理感や絵心、ユーモアを解するセンス(精 神)や水平思考能力が乏しいという研究結果が出た。「右半球」がフルに機能し ないと、2つの類似した物体や自然現象、人物や事柄の間に横たわる共通点を見 つけることができず、「男尊女卑」や「人種差別」などの偏見(心の狭さ)をもたらす原因になる。
「種の起源」という本で進化論を唱え始めたチャールズ・ダーウインは、水平思 考で、動物界や植物界に見られる種の違いや類似性から、我々人類の起源が「サ ル」(類人猿)や他の哺乳類にあることを発見した。アイザック・ニュートンは、 木からリンゴの実が落ちるのを観て、(地球の重力を含めた)「万有引力」の存 在を想像/発見した。これら自然界に潜む様々な目に見えぬ「謎」を解く鍵は、 我々の頭の「右半球」をフルに活用することにある。面白いことには、難問が解 けた瞬間や素晴らしい「インスピレーション」(ひらめき)が頭に湧いた瞬間 (正確にいえば、その数秒前)に、右半球の「aSTG=前部上側頭溝」という 部位(右耳の上方にある)にある神経細胞の活動が急に活発になり、「ガンマー 波リズム」が走ることが、最近になって、マーク・ビーマンとジョン・クーニオ スとのEEG共同研究によって明らかにされた。aSTGは、一見関連のなさそ うな事物の間に、未知の関連性を見つける働きを持つ。
面白いことには、ワインなどをチビリチビリ飲みながらリラックスしている時に、 ひらめきが突然やって来る場合が往々にある。リラクゼーションと酒が創造性 (連 想) にもたらす効果は一体何だろう?。我々は、ジョギングやシャワーで疲れを癒 やしたり、うたたねで夢を見たりするまで、内面の集中のスイッチを切ることや 脳の右半球の奥で展開されている「でたらめな連想」(夢想)に耳を傾けること ができない。謎解きのため「洞察」が必要なとき、こうした夢想/連想が往々に して答えの出所になる。このEEG研究は、あまりにも多くの大発見がかなり意 外な場所で起きている理由をも裏付けている。アルキメデスは浴槽で「浮体の原 理」に気付き、物理学者のリチャード・フェインマンはストリップクラブで数式 を書いていたではないか。「相対性原理」を発見したアインシュタインもこう述 べている。「創造性とは、無駄にした時間の残留物なのだ」
続く