2016年1月1日金曜日

小説『ノーベル賞への後ろめたい道』: カール・ジェラッシ著 (講談社、2001)

ブルガリア系アメリカ人で、1950年代に有名なステロイド系避妊薬 (ピル) を発明したスタンフォード大学教授(有機化学者)が1989年に出版した異色のSF小説である。 1994年に文芸春秋から出版された邦訳のタイトルは「カンター教授のジレンマ」だった。小説ではあるが、極めて現実味溢れた、いつでも、どこでも発生しそうな事件(ストーリー展開)が、その内容である。

2014年に神戸の理研で実際に発生し、上司の自殺まで招いたいわゆる「小保方のStab細胞ねつ造事件」を予測、予言するかのような小説である。 もっとも、小説では誰も自殺しないし、教授と弟子は首尾よくノーベル賞をもらう。 従って、「ハッピーエンド」ではあるが、教授にも弟子の学生にも、ある種の後ろめたさが残る。一体何故か?

その理由を詳しく、この小説は我々読者に、絶妙なタッチで語りかける。著者が「ピル」の発明家(セックスの専門家)だけあって、研究生活の描写ばかりではなく、濃厚なセックスの場面が何度か登場することも (読書欲をかき立てるために) 敢えて加筆しておきたい。 もっとも、「ピル」のおかげ、誰も妊娠しない! 

主人公「カンタ―教授」が提唱したと言う癌メカニズムに関する理論(仮説)は、我々専門家の目から見ると、余り頂けない(現実性が乏しく、ノーベル賞には程遠い)が、その仮設を実証せんとする実験をめぐるサスペンスとユーモアがこのSFの醍醐味である。悪者「クラウス教授」のペテンがカント―教授とその一番弟子の信頼関係を崩すところが、事件(スキャンダル)の発端となる。そのペテンと動機をいかに暴き出すかが、このSFの核心である。

なお、著者本人は(ノーベル賞候補に挙げられながら)受賞せぬまま、結局2015年に91歳で(波乱万丈な)長い生涯を終わる。。。