2008年12月17日水曜日

"A Beautiful Mind" (by Sylvia Nasar)

妻アルシアの深い「ヒューマニズム」に感動!

この実話は、ジョン・ナッシュという稀れにみる天才的な数学者が30歳を境に
して30年間以上、遺伝性の重症な「精神分裂症」に苦しみながら、ついに奇跡
的にその難病から回復してまもなく、彼が20代に発見した「ゲーム理論」の経済学
への多大な貢献が評価されて、ついにノーベル経済学賞までもらうという、ハッ
ピーエンド映画(アカデミー賞受賞)の原作である。もっとも、私は映画を観ず
じまいに終わった。

(高等数学も経済学もわからないごく粗朴な生物学者である)私が最も感銘した
のは、彼の偉大さではなく、彼の妻となったアルシアというインテリ女性の彼に
対する並々ならぬ献身である。中米のエル・サルバドル生まれの良家の娘だった
彼女は、物理学者をめざして米国のMITで就学中、彼女の数学教師であるナッ
シュ教授に惚れ込んでしまい、結婚にゴールインする。ところが不幸にして、ま
もなく彼に凶暴性を帯びる「精神分裂症」の発作が現れ、精神病院に2、3度隔
離する必要性さえ出てきた。折しも、彼女は彼の息子(ジョニー)を妊娠中だっ
た。

2、3年後、彼女はナッシュとはもはや正常な結婚生活が無理なことを悟って、
一旦彼と離婚手続きをする。しかしながら、病める夫を世話する者が誰もいない
ことを知って、彼女は以後30年以上、彼を自宅に同居させ、生活の面倒をひた
すらみ続ける。そのおかげで、彼は重症な「精神分裂症」から奇跡的に自然治癒
することができる。

離婚した夫に対して、いわゆる「愛」を感じなかっただろうが、彼女の心には
(夫を何とか助けてやろうという)深い「ヒューマニズム」が溢れていた。その
「美しい心」に私は痛く感動した! 邦訳 (約600ページ)も出版されている
ので、ぜひ一読を勧めたい。

映画は恐らく、ナッシュ夫妻が結婚50年目に(2001年)に再婚を誓って、ハッ
ピーエンドで終わっているだろうが、この夫妻には、頭脳は優れているが、不幸にして、
父親同様(あるいはそれ以上に)重症の「精神分裂症」に病む息子ジョニー
(数学者、チェスのチャンピオン)がいる。 だから、実話は決して「ハッピー」に
は終わっていない! 今後ずっと一生、その息子を世話するのが、この難病から奇
跡的に回復してノーベル賞をもらったナッシュの新しい仕事になりつつある。

最近の統計によれば、この難病患者の4分の1は自殺に至る。4分の1は長い年月を
かけて自然に治癒する。残りの半分は一生治癒せず、精神病棟で暮らすことになる。
そして、その病因は遺伝学的にまだ解明されていないし、特効薬もまだ開発され
ていない。

実は、この本の原作者シルビア・ナサーはコロンビア大学の商業ジャーナリズム専
攻の教授だが、最近ノーベル化学賞(受賞)で、世間の話題になっている「GF
P」(グリーン蛍光蛋白) の発見者や開発者に関する伝記物語「Aglow in the Dark」
の序文で、彼女は「ジョン・ナッシュ」について、チラリと触れている。彼女が
この「GFP」研究分野に関心をもち始めた動機は、恐らく、この蛍光蛋白が
「精神分裂症」やアルツハイマー病などの脳に関する難病の解明や治療薬の開発
に、将来役立つ可能性があることを知ったからだろう。現実には、その道程は今
後かなり長そうだが、10年あるいは20年先に、これらの難病に対する治療薬
が開発されることを、我々 (製薬化学者) も切に期待したい。

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